AIは人間を知的労働から解放?「バカと付き合うな」(堀江貴文・西野亮廣)を読んで。
2021/07/03

「ホリエモン」こと堀江貴文氏と、「キングコング」の西野亮廣氏の共著「バカと付き合うな」という本を読みました。
私が感じた事を2回に分けて書きたいと思ってました。本日は2回目です。なお画像はミレーの「落ち穂拾い」です。
この中の「機械の代わりを進んでやるバカ」という章の中で、堀江氏は次のように述べています。
「『AIが人間の仕事を奪っていく時代』。こんな言い方で、AI脅威論が語られている。ぼくは早く奪っていってくれと思っています。まだかよ遅えな、早く奪えよと言いたいくらい(笑)」
「AIには知的労働を、ロボットには肉体労働を。テクノロジーが人間から労働を奪って、人間が時間的に解放されていく社会を待っています。」
「もっと多くの人が、労働ではなく自分のやりたいことをやっている社会を早くみたい」
堀江氏が述べていることは的確だと思いますし基本的に賛成なんですが、ただ、AIに奪われるばっかりの人もたくさん出るのではないかと心配で…。
誰でも真面目にきちんとお勤めしていれば毎月お給料をもらえて暮らしていけるような社会は、残るんでしょうか。
自宅と最寄駅の間に養護学校があり、ここに通学する子どもたちの姿を見る機会が多いので、非常にそう思います。
昔はそういった堅実な働き口がたくさんあったと思います。工場とか…。まぁ結構想像で言ってますけど…。今はそういうお仕事の多くは、賃金の安い外国に出て行ってしまっているらしいです…。
ちなみに多くの雇用が低賃金のメキシコに流出してしまったアメリカでは、「就職しようという意思を失い、もはや就職活動自体を完全にやめてしまった人」が、20年前の調査では59歳までの男性労働人口において16人に1人だったのが、昨年の調査では8人に1人にまで増加しているそうです。
そういう人たちは、働く意思を完全になくし、親や配偶者や社会保障に依存して生活しているといわれています。
AIやロボットが取って代われる仕事が増えると、こうした傾向がますます加速するのではないかと心配です…。
ミレーの「落ち穂拾い」ですが。
旧約聖書の時代は畑の収穫の際、すべてを採り尽くしてしまうことは禁じられていて、落ち穂は未亡人や孤児のものと規定されていたそうです。
AIやロボットの時代には、このような「採り尽くさない」「残す」考え方が再び重要なんじゃないでしょうか。